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INTERVIEW

〈前編〉フラワーデザイナー&フォトグラファーという生き方~継続していく力を自分で見つけることがカギとなる~

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Miho Takeda 武田 美保

Miho Takeda 武田 美保

フラワーデザイナー&フォトグラファー
フラワーアレンジメントとブーケの教室「フルールドセゾン」主宰
【経歴&最近の活動】
大学卒業後、一部上場企業で販売やイベント企画、フリーペーパーの発行及び編集などの業務を経た後、役員秘書を務める。退職後にサロン形式のフラワースクール「Fleur de saisons」を大田区久が原(東京都)にオープン。現在は千葉県八千代市に拠点を移し活動中。教室運営の傍らママのためのイベント企画、出張講師、ブライダルブーケの制作なども手がける。2017年11月より三越様や伊勢丹様での催事販売スタート。最近では写真も高く評価をされ、フォトグラファーとしても活動の幅を広げ、これまで600組以上のファミリーフォト&マタニティフォトを撮影。自身の作品のポストカードや2017年のカレンダーなども全国発売。

教室について

千葉県八千代市でサロン形式のお花の教室を運営しています。企業主催のイベントなどでも講座やワークショップを開催。レッスン内容は、『フレッシュフラワーアレンジメント&ブーケコース』の他、プリザーブドフラワーやアーティフィシャルフラワーを使った『フリースタイル(アレンジ&ブーケ)コース』、『ブライダルブーケコース』など、目的に合わせて楽しみながらフラワーデザインを学ぶことができます。

Q前職について教えてください

大学卒業後は、上場企業に7年間勤めていていました。

卒業後には花の道に進みたいと思い就職活動に悩んでいた時に、ゼミの教授から、最初から専門的な一つの道に進むのではなく、社会に一度出た方が良いのではないかとアドバイスされました。卒業と同時に花の仕事を始めたとしても、社会人としての一般常識もない状況で、例えば名刺の渡し方ひとつにしても、社会人としての細かい知識を知らずに仕事として成立させるにはリスクが高ったように思います。

勤めていた会社では、ありがたいことにイベントや結婚式、販売、事務、広報など幅広い業務を担当させていただけて、最後には秘書を経験しました。この7年間はとても濃く、良い経験ができたと思っています。

在職中から、30歳になったら自分でお花のお教室を開業しよう!と決めていたのもあり、自分の描いていたシナリオに沿って29歳で会社を退職し、30歳でお花の教室を開業しました。

Qお花は、どのように学んだのですか?

30歳でお花の教室を開業するという当初の目標通を叶える為、OLをしながら生花のアレンジメントスクールとブーケのスクールに通い勉強をしていました。土日はもちろん、平日の夜も時間ができればスクールに通い、仕事とお花の勉強を両立させていました。自分の好きなことをやっていたので、大変だと思ったことは一切なく、とても充実した毎日を送っていました。

Q開業方法を教えてください。

私の場合は、OL時代に通っていたスクールで開業するまでのノウハウを教えてもらっていたので、あまり苦労はしなかったんです。開業届の出し方なども細かく教えてくれるコースで、困ったりすることもなく上手く進めていくことができました。

HPなども、全て自分で作ったりしていました。当時はホームページビルダーを使って作りましたね。ここは、企業に勤めていた時の広報や事務の経験が大いに役立ったと思います。

また、開業前から、レッスンを修了した生徒さんへのご褒美にしたいと「ディプロマ」を発行しようと思っていました。私が通っていたスクールでは1級進むごとに60単位が必要で3級からスタートだったので180単位、そこからさらに勉強で講師になるには最短で2年ちょっとかかりました。

ただ、最近の傾向として単発講座への注目が集まってきているのと、目標設定が高すぎると生徒さんの枠も狭まるのかなと考えていて、今年中には5回完結くらいでディプロマが取得できるような新しいリースの講座も作りたいなと思っています。

Q開業時のエピソードを教えてください

退職後に予定通りお花の教室を始めましたが、その後結婚、出産を経験し、仕事としては2年くらいブランクがありました。

初めての育児だったので悩むことも多くありました。子どもが私にべったりだったことや、人見知りだったこともあり、「このままでは内向的な子になってしまうから」と助言をされたことことがきっかけで、0歳の子どもを無認可の保育園に預けてパートに出たこともありました。

その後、東日本大震災を経験したんです。まだ子どもが小さかったのでおむつが必要なのに買えず、水もなく、夫は仕事で、いつどうなるか分からない・・・。この八千代市の辺りは計画停電にもなり夜は寒かったですし、毎日不安でしかなかったです。

また、今は保育料無償化などの助成があると思いますが、当時は無認可の保育園の費用は高額の為、パートで稼げる時給と保育料を差し引きすると、プラスになるのが100円くらいだったんです。ふと、幼い子どもを預けてまで何の為に働いているのだろうか…?今まで培ってきたキャリアを捨ててまでやることなのだろうか…?と、働いている意味が見出せなくなっていたんですよね。

そんな不安や、仕事に対する悩みを抱えていた頃、たまたま、近所のママさんに、以前お花教室をやっていたんだという話をしていた所、「やってみなよ!できるよ!私宣伝するから!チラシとかないの?」と背中を押してもらったです。

お花の教室を開業するからには、教室用に部屋を借りないといけないという考えを持っていたので、自宅教室でも良いんだ!ということも気付かせてくれました。

ママ友のおかげで、口コミや当時流行っていたmixiでお教室の情報は広がっていきました。

震災を経験したからこそですかね。やっぱり、自分で決めて自分で納得できることがしたいと思ったんです。おかげさまで、イベント開催なども含めると、これまでの累計生徒数は3,000名を超えてるほどになっています。

Q開業時に苦戦したこと・克服した方法を教えてください。

やはり、何といっても子育てとの両立が難しいという点でした。レッスン中は、子どもに動画を見せたりしていたのですが、子どももストレスだったんでしょうね。ある日、子どもが生徒さんの作品を、突然持って落としてしまったんです。生徒さんにも、もちろん子どもにも申し訳ないという気持ちでいっぱいになり、お教室の継続を悩むようになった時期がありました。

そんな時に、自分の親くらいの年齢の生徒さんから、「先生やめないで。先生はきっと大丈夫だから!」と言っていただけたんです。さらにその生徒さんは、ポストカードを販売している会社に営業電話をかけてくださり、そのことがきっかけで、その後ポストカード会社との契約が実現。もうその生徒さんには感謝しかないです。

「お花や、お花の写真のすばらしさは先生の実力なんですよ。だからお教室は続けてください」と生徒さんに支えられて、今の私がいます。鳴かず飛ばずの私に転機を与えてくれた生徒さん。新しい契約が励みとなり、写真もそこから本気で学び直すことを決め、お花の雑誌などで有名な、プロカメラマンの山本正樹さんのフォトレッスンを2年間程受講しました。

フォトレッスンの生徒さんは、全員がお花の先生。6名くらいのグループレッスンでしたが、雑誌で見たことのある有名なお花の先生も参加されていました。お花って写真がすごく大切なんですよね。

 

次回、後編では1日のタイムスケジュールや、これから開業をしてみたいと思っている方へのメッセージをお伝えいたします。

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